東日本大震災から15年「カリタス南相馬を訪ねて」

 2011年3月11日の東日本大震災から15年――。ラウダート・シ部門の担当司教、成井司教が南相馬を訪ね、受け取ったことをシェアいたします。

 東日本大震災が発災し、15年が経ちました。わたしはこの機会に、カリタス南相馬を訪問し、福島県南相馬市、浪江町、双葉町、大熊町を案内していただき、お話を伺ってきました。

 わたしにとって、カリタス南相馬の訪問は7年ぶりです。地域がどのように変化したのか知りたいと思っていました。双葉や大熊では、15年前の壊れた家がそのまま残っているところもありますが、かなりの地域が整備され、更地になった土地が目立ちました。南相馬ではソーラーパネルが広く設置されていました。また地域のあちこちに慰霊碑や、原子力災害について学ぶ伝承館ができていました。

 わたしはカリタス南相馬のかたに、「15年目にあたって、どんな思いでいますか、どんなことを発信したいですか」と伺いました。こたえは、「見に来てほしい」でした。

 福島第一原子力発電所は、今もあります。デブリの取り出しを終え、廃炉が完了するまで何十年かかるのか分かりませんが、とにかく今、福島第一原子力発電所はそこにあります。そして、日本には50ほどの原発があります。原子炉は、運転中、停止中、事故からの廃炉中に関わらず、常に熱を発しており、適切な冷却が必要です。災害などで適切な冷却ができなくなると、とてつもない影響を地域に及ぼします。原発というエネルギー電源を良しとするかどうかとはまったく違うこととして、現実に、今ある原発で事故が起こるとどうなるのか、避難はどうか、地域コミュニティーはどうか、除染や復興のためのインフラ作りはどうか、ということを日本中の人が福島に見に来るべきだと教えられました。事故を起こした原発の近隣で生きるということがどういうことなのか、自分のこととして知るべきだと思いました。

 カリタス南相馬のかたがおっしゃいました。「地域と一緒に、泣いたり笑ったり、ともに歩む教会でありたい」インテグラル・エコロジーは、神と、他者と、自然と、自分自身との調和を目指します。それは、何かすべてがうまくいっている理想的な状態のことだけを指すのではなく、どんなに被造物や人々のつながりが傷つけられても、とどまり、ともに歩むことで希望を生み出すことでもあるのだと教えられました。カリタス南相馬の皆様、地域の皆様に感謝いたします。そして、多くの皆様が福島を訪れ、自分の目と耳で、心で、原発事故と人間の生、いのちについて感じていただけたらと思います。


(2026年3月12日記)
ラウダート・シ部門
担当司教 成井大介